自分の存在は他者にとって迷惑なものでしかない

【相談者】42歳女性 夫50歳 息子13歳 娘10歳

中一の息子について。
父親に対する嫌悪感と恐怖感から不登校になっている。
躁鬱傾向にある主人は、子供が言う事を聞かないと、キレて物を投げたり、
また勉強中の子供の後ろに立って、勝手に自分のことを喋ったりする。
子供はそれを凄く嫌がるため、私は注意するのだが、
「俺は後ろで励ましていたんだ」などと言って取り合わない。
子供は主人を怖がっているため、嫌なことを嫌だと言えないでいる。
そのため小学3年生の頃には、強引な子に弱く、一時不登校になった。
これまで気が付かなかったが、幼稚園の頃も先生に遠慮したり、
お弁当を作る私に、「大変だから」と気を遣ったりしていたのを思い出す。
中学生になって、いよいよ学校へ行けなくなってしまった息子を、
どうにかして立ち直らせたいのだが。

エッセイスト マドモアゼル・愛先生の言葉

マドモアゼル・愛先生

過去のことなども含めて、一応家族の実情が理解出来たようですが、
その理解を、息子さんに伝えられるかどうかですよね。
家庭の歪みが、彼独りに集約されて出てきている。
言い換えれば、皆でいじめていたのと同じですよね。
問題を一身に背負って生きて来た、彼の心中は如何ばかりか?
それをどう汲み取ってあげるかです。
この構図は13年続いたものだ、だから必ずまた同じパターンが起きる。
その時彼が苦しんで解決していたものを、貴方が苦しむ形でそれに対処する。
そうすれば彼に、「もう俺が矢面に立たなくて良いのか」という安心感が芽生える。
そういう習慣を付けて、まず貴方が変わらなければ。
不登校の問題に関してですが、まず社会に適応させることが重要なのか?
というと違いますね、家の病理を背負い込んだ結果の不登校ですから、
まずは彼自身がもっと自由な生き方を認められることで、自ら選択する。
そのためには、同じパターンでもう彼を苦しませない事。
もう状況は変わったのだ、というメッセージを与える事です。

パーソナリティ 加藤諦三先生の言葉

独りを犠牲にして集団が成り立つ、ということがよくあります。
貴方「お兄ちゃんの事が解った」、と云っていますが、
実は解っていませんね。
貴方はナルシストです、お兄ちゃんの苦しみが解らない。
夫なんかどうでも良い、子供なんかどうでも良い、
「私は自分だけが大切です」、これがナルシスト。
そういう自分をまず貴方自身が認めることです。
ここを認めることで、先は開けるのです。

【再度 愛先生】

だって今悩んでるのは、自分が苦しいからなんだよね。
とにかく僕は、まずお母さんがもっと苦しくなって欲しいのよ。
これまで自分が楽になる選択ばかりして来ているのよ、本当に。
自分が苦しむような選択を1回もやったことが無いほど、冷たいのよ貴方は。
何の際でも、おかずひとつでも、「これ美味しいからあの子にとっておこう」、
という気持ちすら、無かったかもよ。
それ程冷たいのよ、それを加藤先生は認めて欲しいと言っているのよ。
そこでペラペラ弁解しない、この沈黙を大事にする。
そうすれば、心で物事を捉えることが出来る。
ここでまたペラペラ喋るのが、自分の弱さと恐怖を巧みに隠す生き方だったのよ、
子供の頃から多分貴方、そうだったのよ。
だからいつでも楽な選択をして来た、実際楽になりましたか?
楽になるわけないじゃない、このまま彼が親に対する潜在的な恨みを持ったとしたら、
貴方それどうやって抱えて行くのよ。
全部自分に帰って来ちゃうんだよ、もう振り返る時だよ。

【再度 加藤先生】

貴方やってるつもりで何もやってない。
「私は何もやってません、子供を犠牲にしているだけです」ってことです。
だけどやってるつもりになっていた。
このナルシスト振りを認めないと、もう先へは進めません。

自分について反省すると

筆者が思うに
自分の存在は他者にとって迷惑なものでしかない。
という感じ方だが、筆者の子供時代もまさにこの通りであった。
では私の母はナルシストであったのか? それは無いと思う。
母は何でも自分の事は後にして来た人である。
食べ物などについては顕著で、美味しいものは自分より私達子供が常に優先だった。
もう80歳をとうに過ぎて、なおも健在であるが、
先日親戚から旬のトウモロコシの獲れたてが送られてきたときも。
一番大きく、一番美味しそうなやつを私のために取り分けておいてくれた。
私はその時それを、当たり前のように食したのであるが、
そんな母の思いやりは、幼少の頃から全く変わっていないためだと思う。
しかし、世の中にはナルシストの母に育てられる人もいる。
幼稚園の先生に気兼ねして、バスの中で眠らなかったというのは凄いことだ。
ましてお弁当を作る母親に対する遠慮というのは、私は経験していない。
では、私のあの頃の「自己無価値感」は何だったのだろう?
父に対して「ロクでもない人間」と思い始めたのは確か高校生の頃か。
でもそれ以前から確かに在った、私自身の「要らん人間感」。
家族というのは、意外な脆さの中にあるのだろうか。

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